『春にして君を離れ』あらすじと感想

読み物

ミステリー作家で有名なアガサ・クリスティーだが、この作品は誰も死なない。

どんでん返しはないものの人間の中にじっとりと忍び寄る一種のホラーに近い怖さがある。気がつけばのめり込むように読んでいた。

それはこの物語が誰にでも起こり得る話だからだろう。

あらすじ

主人公のジョーン・スカダモアは地方弁護士の妻であり三人の母である。
優しい夫といい子どもたちに恵まれ理想の家庭を築きあげたと満ち足りていた。

しかし、娘の見舞い後のバグダッドからイギリスへ戻る途中に聖アン女学院時代の友人、ブランチ・ハガードに出会う。

ブランチは学生のころ、ジョーンたちのアイドルだった。ところが今のブランチときたら、痩せこけ薄汚れな中年女に様変わりしていたのだ。

話し始めれば昔話に花が咲き楽しいひとときを過ごす二人だったが、ブランチと別れたあとジョーンは「とりわけ自分があんなでないことを感謝いたします」と彼女を憐れんでいた。

ー 雨天のため、ジョーンは乗り継ぎの汽車を待つ鉄道宿泊所にて一週間近く足止めを食らう。

読む本も、誰かに手紙を書く便箋も使い果たしてしまった。次第にジョーンはブランチとの会話からこれまでの親子関係や、夫婦の愛情について疑問を抱きはじめる。
自分が良かれと思って接してきた行動は自分都合の選択だったのではないだろうか。

果たして子どもや夫はわたしを愛してくれているのだろうか。

ブランチが何気なく放った言葉の真相とは…

「ただあなたじゃ、自分の罪のことなんか、そう長々と考えてもいられないだろうけど ー 何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思う?」

ジョーンが満ち足りた生活を送れていたのは彼女の自己満足や思い込みのおかげだということに早い段階でわたしたちは知ることになる。

「自分は自分の見たいものだけを見ていただけではないのか」と気付きたくなかった本質の自分と向き合っていく過程はなんともハラハラする。

40年以上連れ添った夫や子どもたちと、もしかすると違った形の人生があったかもしれないのだ。

ジョーンは自らの過ちに気が付き、夫ロドニーに許しを乞うことを決断し家路に向かう。
ストーリーはハッピーエンドの結末が待っていると思いきや再会した二人の会話とロドニーの視点で描かれるエンディングは奇妙で後味が悪い。

感想

読み進めている間、誰かに見られているような気がして落ち着かなかった。

それは見たくもない自分自身と向き合っているジョーンはわたしであり、あなたでもあるのだ。

想像力が足りなかったり、偏見が強かったり自分の都合の良いように解釈をすることは少なからず誰にでもあるだろう。

自分のことを一番知るには忍耐力と勇気が必要なのだ。

過ちを犯さない人などいない。
自分の過ちに気づいた時、どう行動するのかそこで人生の帰路は大きく変わる。

非を認めずに完璧な世界の住人で居続けるのか、新しい自分として生きていくのかそれぞれの決断がある。

このストーリーの恐ろしさは彼女の惨めな姿だけではない。
ジョーンとロドニーの夫婦関係が綺麗な形で回り続けているところだ。

仮面夫婦でありながら納得しお互いがわかりあうことを放棄した家庭は誰のためなのか。

きっと作り上げた二人だけのものかもしれない。

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